広島県縮景園
広島県宿景園の”お国自慢”報告書(広島県縮景園友の会)
名称
作成者
広島藩主 浅野長晟が命じ家老の上田宗箇が作庭
築年開始年
1620(元和6)年
利用の開始および一応の完成年
1625(寛永2)年 ※築庭から5年後と伝えられている。
庭園の所在地
・城との距離[600m]
庭園の特徴
※回遊性
池泉回遊式庭園です。
※借 景
周辺の山、川、海を借景として取り込むよう当時は作庭。
・現在は高層建築物等により借景は見ることができない。
・高層建築物を隠すため高木を遮蔽植栽している。
※水の利用
隣接する河川水を利用
※御茶屋
園内に滞在できる屋敷(別邸)があったが、現在は茶室部分のみ復元されている。
※饗応の場として
藩主休息の場および来賓接待の場として利用。
※領民への公開
年に数日領民へ解放する日が設けられていたと伝わる。
※能舞台(座敷)
存在しない。
※田 畑
田畑・作物を育てる場がある(あった)。
※武芸の場
馬場、弓場はあったが現存しない。
作庭の主な目的
藩主の休息の場および武芸の練習場所
領国に庭園 城との関係
城の近くに藩主の別邸
全国の大名庭園との類似点と相違点
類似点:池泉回遊式庭園
相違点:園内築山(迎暉峯)の規模が比較的大きい。家臣で武将の上田宗箇による作庭。
現在のポイント
※一言で庭園の特徴を言うなら
日本最古の大名庭園であり、大名庭園に先駆けと言われている。
※ここは見逃せない!という点
1.園中央の濯櫻池に大小14の島を有する。
2.濯櫻池にかかる石作りの「跨虹橋」は京都の庭師清水七郎右衛門作と伝わる。
3.蓮菜式鶴石組で三尊石組でもあり、枯滝式の石組でもある「積翠厳」。
4.当時は宮島まで見渡せたという築山「迎暉峯」。
5.園中央の茶室「清風館」では季節毎の茶会行事が行われている。
現在の管理団体
広島県環境県民局文化芸術課が所轄し
2008(平成20)年から指定管理者(民間企業)が管理運営を行っている。
大名家から移管された年といきさつ
1940(昭和15)年、浅野家からの申し出により広島県に寄贈。
観光写真で有名な一枚と特徴的な風景
跨虹橋
縮景園
清風館
雪化粧の縮景園
(「第11回 大名庭園サミット岡山大会 資料」より)